民主主義とその周辺

研究者による民主主義についてのエッセー

民主主義の成熟とその危機の再来――スコットランド独立をめぐる住民投票の結果を手掛かりに考える民主主義のアイロニー――

最善の結果?

スコットランドの独立をめぐる住民投票は、独立反対派の勝利で終わった。これを受けて、イギリス国内だけでなく国外でもこの結果を肯定的に評する向きが圧倒的に多いようだ。なぜなら、この結果によって、独立派が勝利した場合の、イギリス国内のみならず他国々が被ったかもしれない経済的・政治的混乱を回避できた一方で、ロンドン、ウエストミンスターからスコットランド自治権の拡大の約束を取り付けることで、投票で敗北した独立賛成派にも少なからず取り分があったと考えることができるからだ。

 

とはいえ、これで選挙前と同じ日常にスコットランドの人びとが立ち返り、平静が取り戻されたというなら、少々気が早すぎる。何より、独立賛成派の勢いを挫くために首相のキャメロンが約束したスコットランド自治権の拡大の問題がある。自治権の拡大が具体的にどの程度実現されるかによって、スコットランドの独立問題は、思いのほか拗れる可能性があるだろう。また、多数決投票という民主主義の審判は、独立賛成派と反対派に分裂したスコットランドの人びとの間に、少なからずわだかまりを残したことは容易に想像できる。このわだかまりをどう解いていくのかという重要な民主的な取り組みも残されている。一連の投稿で指摘したとおり、スコットランドの民主主義の先行きを考える上で、これは切実な課題だ。だから、スコットランドに暮らす人びとにとって、イギリスからの独立の問題は投票結果で終わりになることはないように思われる。

 

では、遠く離れたユーラシアの東端にある島国でスコットランドの独立をめぐる成り行きを傍観していた私たちは、この出来事からどんな思考をめぐらすことができるだろうか。おそらく、すぐに頭をよぎるのは、沖縄の問題だろう。確かに、今回のスコットランドでの出来事をとおして、沖縄の独立の可能性について思いをめぐらした人は少なくないはずだ。実際、そのような日本語のコラムは多い。しかし、スコットランド独立の住民投票によって、沖縄独立の可能性を検討することは、それほど有益ではないように思われる。というのも、今回のスコットランドのケースはかなり特異だからである。

 

スコットランドのケースの特異性

もちろん、いわゆる国民国家という枠組みに強制的に編入されていた地域が独立しようとする運動や気運それ自体が特異な現象だというわけではない。このことは、ローカリズムが沸き立つ現在の世界を見渡せば、自ずと理解できる。では、スコットランドのケースの特異性はどこにあるのか。それは、独立を達成するための方法、すなわち、今回スコットランドで行われた住民投票にある。なぜそれが特異であるかと言えば、スコットランドはイギリス(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)を構成する一地域であることから、その独立によってイングランドウエールズ北アイルランドが影響を受けるのにもかかわらず、その是非をスコットランドの住人の投票だけで決定できるというものであったからだ。

 

この方法は、2012年にイギリス政府とスコットランド自治政府との間で取り決められた。だから、この住民投票には正統性とそれに由来する強制力があると見なすことはできる。しかし、民主的な決定の正統性はその決定に直接影響を受けるすべての人びと――このケースではイギリス国民と考えることが理に適っているだろう――が決定のプロセスに参与することによって生じるという考え方もある。その場合、今回の住民投票とその結果にそのような意味での民主的な正統性があるとは必ずしも言えない。

 

確かに、民主主義には、自己決定あるいは自己統治という理念がその根幹に存在する。したがって、その理念からすれば、スコットランドの運命はスコットランドの住民が決定するべきだということになる。しかし、その一方で、自己決定や自己統治という理念の「自己」の意味するところを「直接影響を受ける人びと」として広く捉えるなら、スコットランドの運命の決定には、それまでスコットランドと共にイギリスという国家を構成してきた他の地域の住民たちも参与するべきだということになる。要するに、今回のスコットランドのケースのように、ある地域の国家からの独立をその地域の住民投票だけにもとづいて決定する場合、その手続きに十全な民主的正統性が備わっていたかどうかには、疑問の余地があるということである。このようにスコットランドのケースの特異性は、民主的な正統性という点で脆弱な手続きにもとづいて、独立の是非を問う決定が行われた点にあると考えられるのである。

 

成熟した民主主義の閉塞性

この特異性に鑑みると、スコットランドと同様な手続きで沖縄の独立が達成されることはまずありえない。そもそも現行の日本国憲法では、このような事態が想定されていないし、それゆえ、そのための手続きも規定されていない。また、かりに中央政府沖縄県との間でスコットランドと同様の住民投票の合意が結ばれ、それに基づき投票が行われたとしても、その合意の法的な有効性が司法の場で争われる可能性がある。すなわち、中央と地方の行政府間のそうした行為に合憲性という意味での民主的な正統性があるかどうかが問われるわけである。もちろん立法をとおして、新たな規定を設けることも可能であろう。その場合には、立法過程において沖縄以外の他の地域の利害や意思が反映されることになり、投票そして独立までの道のりはきわめて厳しいものになるに違いない。

 

このことは何を意味しているのであろうか。それは、国民国家からの離脱のような、現行の民主政治やそれを基礎づける憲法の前提となっている枠組みの変更、あるいは、18世紀の終わりから20世紀における体制変革としての革命を成熟した民主社会の民主的な手続きにもとづいて達成することがほとんど不可能だということである(近年では、1993年のチェコスロバキア連邦共和国の連邦制解消、いわゆる「ビロード離婚」がその例外として挙げられるかもしれない)。

 

確かに選挙による平和的な政権の交代は可能であり、また、憲法に規定された手続きに従った憲法それ自体の改定も可能だ。しかし、これを翻って言えば、いかなる社会の改革も、憲法によって規定された民主的な手続きに従わねばならず、その手続きが憲法によって規定されていない場合には、社会の改革は憲法の根本原理に従うものでなければならないということだ。したがって、民主的な手続きや民主的な憲法の原理を超越する政治的な出来事はもはや不可能であり、かりに可能であったとしてもいかなる正統性を有することはない。そうした政治的出来事を革命と呼ぶならば、民主的な社会の民主的な手続きにもとづいた革命などは、望ましいか望ましくないかは別として、まずありえないのである(もちろん、この議論は憲法制定権力の問題に行き着くが、それについては別の機会に扱う)。

 

人権を保障し社会問題の解決することを国家の責務とする民主社会の成熟によって革命の不在の時代が到来したという指摘は、昔から繰り返されてきた。例えば、ポスト産業社会の深まりがマルクス主義的に理解され革命の条件――敵対する階級の闘争――を消失させたというような社会学的な視点からの指摘がこれに当たる。

 

しかし、革命が不在の時代の民主社会が直面する問題は、そのような指摘だけでは十分に理解できない。なぜなら、民主主義が成熟する過程で民主政治を支える制度自体が社会の大規模な変革の可能性を阻むと同時に、変革への願望や期待を抑圧しているように見えるからだ。そうだとすれば、この逆説的な事態は、民主的な社会に特有の閉塞感を生み出すことになる。さらに、この閉塞感は、成熟した民主主義の制度が、自由で公正な社会の実現という民主主義の約束を妨げる障害になっているのではないかという、民主主義への疑念を広めることになる。

 

民主主義へのいら立ちと繰り返される民主主義の危機

現在の私たちの社会が抱えている様々な社会問題、例えば、少子高齢化や貧困の拡大、あるいは社会保障制度の行き詰まりといった自由で公正な社会の実現の障害となっている問題を、民主的な手続きに従った選挙や政権交代によって解決できると考えている人はどれほどいるのだろうか。どの政党が政権を担ってもそんなに違いはなく、これらの問題はこれまで解決できなかったように、これからも解決できるはずはないと考える人は少なくないはずだ。

 

現状を変えねばならないが、現在の民主的と呼ばれる政治によっては変えることができないという行き詰まり感は、フラストレーションを生む。フラストレーションが蓄積されればされるほど、その解消への欲求は極端な形をとる。漸進的な改革ではなく、大規模で即座の変革、すなわち、民主的な理念に基礎づけられている政治制度やその制度によって規定された手続きを無視してでも実施される変革を求める機運が高まることになる。実際、集団的自衛権を容認した安倍政権を支持する(あるいは黙認する)世論が根強い理由の一つは、こうした背景に由来するように思われる。

 

こう考えると、現在の民主主義は二つの異なる陣営からの攻撃によって苦境におかれているように見える。一つは、自律や自由といった民主主義の理念に対してもともと批判的な陣営である。もう一つは、ここで指摘してきた、現在の民主的政治に対していら立ち、失望しつつある陣営である。後者の陣営が社会において拡大する状況が出来するとき、民主主義は危機に陥ることになる。このことは、民主主義の危機が盛んに唱えられた19世紀末から20世紀初頭の欧米の歴史から明らかであろう。私たちの社会は、民主主義の危機の時代を再び迎えつつあるのかもしれない。